癌の治療法−衝撃のニュース
もしあなたの家族または愛する人が今癌の治療をしているならば、時間を割いて次の実例を読んで見てください。
7月22日、私は自分の人生で最も衝撃的な知らせを受け取らなければなりませんでした、“アリソン、検査の結果、結核ではありませんでした、癌です、既に数箇所に移転していますよ。”
全く信じられずショックでただそこに数秒間座ったままでした。間もなく私の頭の中にいろいろな思いが押し寄せてきたのです。。。“何故癌になったのか? 36歳の若さで、新しい仕事も絶頂期なのに、企業家として成功する夢の実現を見ることもなく死んでしまうのか?それに2人子供を生む計画はどうなるの?私の赤ちゃんに‘アナヤ’(Anayaとはアフリカの名前で神を見上げるの意)と名づける計画は?私の夢は全部窓の外に投げ捨てられてしまう?タバコも吸ったことがない、酒飲みでもないし禁止されている危険な薬物を使用したこともないのに、一体全体この癌は何処から来たのか?遺伝?
医師からの診断を現実として受け止めた時、私は魂の深い深い所で声を立てて泣きました。水門から流れ出る水のような涙の中で一縷の望みを求めて医師の顔をうかがいました。彼からは道理に適った説明もなく、ただ私と同様に苦痛と苦悶を浮かべた表情があるだけでした。彼は1997年繊維腫の手術をしてくれた時から私に携わってくれている医師です、前の医師に子宮摘出手術を勧められていた私を他の治療法で救ってくれました。彼は前と同じように神から与えられた技術とタレントを用いて私の癌を取り除けることができるのだろうか?いや、今回は駄目だろう。彼はこの癌が子宮から来ていると信じているのできっと私を子宮癌専門医におくるだろう。
子宮癌専門医の検査の結果は、現在の癌は子宮から移転したのではないことが分かりました、次に回されたのは―(胃検視鏡と腸検視鏡検査をする胃腸手術医)。検査の結果、癌は虫垂から発生してそこから腸壁に、胆嚢に、子宮に、卵巣に、卵管に、そして腸にと転移し、それらに加えて二つの珍しい型をした新しい癌も発見されました。前の例と同様に今回も医師は私のケースを取り扱うことに難渋を示したのです。肉体を食い尽くしてしまうと思われる新しい二つの癌の問題で又もや私は別の専門医にまわされたのです。最終的に紹介された医師は手術前の準備と基本的な治療方法として、腫瘍を出来るだけ摘出する為に積極的に働きかけるキモセラピー“デボーキング”をするようにと勧めてくれました。
私に選択肢はあるのか、また医師の勧めに従うにしても生き延びるチャンスはあるか聞いてみました。“いいえ、あなたの癌は既に第四期に入っているので生き延びるチャンスはないでしょう。”彼は正直にそう言ったのです。
癌治療法−痛み
神の導きを求めてから、手術前にキモセラピー治療を試みる決心をしました。10月14日、手術は実に7時間かかり生殖器と腸の一部と虫垂は完全に摘出し、胆嚢は剥ぎ取りました。10月後半にまたキモセラピー療法をしたもののその後の検診の結果では、快方の兆候は見られず、キモセラピーは生涯続けなければならないと予測されました。
神様これ以上忍耐しろと言うのですか?悪夢から覚めることはないのでしょうか?精神的苦痛と、霊と肉体の苦痛がこれからずっと続くのですか?副作用から来るあの恐ろしい幻覚はずっと続くのですか?圧し掛かってくるような恐ろしい病気、この敵の為に私は押しつぶされてしまうのですか?今まで持っていた喜びと平安は一体どこに消えてしまったのだろう?健康な白い歯を見せた私の笑顔はどこに行ってしまったの?私から輝き出るあの光はいったい何処へ行ってしまったのだろう?
8ヶ月の厳しいキモセラピーの後、二度の血液交換とひどい体重の減少と疲労、骨と間接の痛み、毛髪の変質、口内炎、無感覚な手足の指、そして寒さに対して異常に敏感、悪いことばかりでした。
癌の治療法−結果
12月29日、この日私は今までに体験することのなかった素晴らしいギフトを受け取ることになったのです--命と健康のギフトです。キモセラピーは一生受けるようになる、と言った同じ医師がこのように言いました“12月17日のCTスキャンの結果、あなたの体には目に見える癌は何もありません!”
3ヶ月ごとのスキャン検査の結果も最初の結果と一致 - 癌の徴候はありませんでした。どうして、どのようにして私はこの状況を生き延びることが出来たのでしょうか?
何ヶ月か前に、神が私の霊にこう言われるのを聞きました、“多く与えられた者は多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。”この言葉は福音書のルカ12:48に書かれています。私を愛してくださる神の恵みにより再び命を与えられ生きるチャンスも与えられたのです。そして祈りの分野では非常に重要な役目を果たす肉体の癒しの祈りをしてくれた見ず知らずの人々、家族、友人、溢れるばかりの愛と援助を受けました。同時に私は神の言葉を熟考して堅く立ち自分自身の信仰を自覚しています。しかしながらそのプロセス中は落ち込み、非常に疲れうんざりしてしまいました。しかし何時か神が肉体の病気を取り除けて下さることも信じていたのです。信仰とは“たとえあなたの状況と、生活状態または境遇が変ってしまっても、神の言葉と約束を信じて動かされることも揺らぐこともなく神に信頼することです。”
癌の治療法−理解
皆さんが次ぎの言葉を読んで下さることを奨励します--ひょっとしたら多くの方々が癌の治療をしているのではないでしょうか--勇気を出して下さい。神は永遠に忠実なお方です。どんな試練又は困難を通されていても、信仰を持ち続けて下さい、神はあなたの通されている試練の全てを知っています。神が私にして下さったのですから、あなたにも同じ事をして下さいます。神は約束を守るお方なのであなたは御言葉に堅く立つことが出来るのです!
神は、人間一人一人に違った目的を計画されました。両親の下に生まれてくる前から、神は私だけの特別な使命と宿題を用意されていました。ですから私が助命された理由はまだ終らせていない神の使命が残っていた為です。神は私に下さった霊的な賜である:慰めることができる、励ましてあげる、人に使える、ことを用いて必要な人々に奉仕するようにと励ましてくださいました。神は今も生きていて御自分を捜し求める者と親しい交わりを持ちたいと強く望んでいます。私はその事実の証人です、そして神は私たちを深く愛してくださり、神から遠く離れて行ってしまう人々を憂い、心を痛めておられます。
神が私に癌を下さったのではありません;しかしながら、神は聖書の言葉を通して私の疑問に答えて下さいました:ヨハネの福音書9:1-3では、“イエスが道を通っておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った‘先生、この人が生まれつき盲人なのはだれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか’イエスは答えられた、‘本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。’”私にも同じ真理が当てはまります--私の癌の病は現実でした、ですから私は全能の神の奇跡と癒しの力の証人になることができるのです。
神は私の霊と精神と肉体を癒してくださいました。究極的な癒しとは神がなされる霊の癒しです。重要なことはキリストを個人的に救い主として受け入れる。ことです、以前の私は実に空虚な人生を送っていました。愛を取り違え、怒りに駆られ、混乱して自分自身の行動と他人が私を傷つけると赦すことが出来ずに敵対していました。しかし今ではキリストを通して神と関係を持っているので、喜びに満たされ、平安があり、自分自身を愛し又他の人達を愛することができます。
私達は肉体の病気と疾患を癒していただく祈りを神にお願いすることができます。しばしば癒しは神の御心に適っているし、またしばしばそうでない場合があります。箴言19:21では、“人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。”
希望を持ってください;そしてあなたの全てを尽くして神に信頼する信仰を持ちましょう。神は私たちの人生を繁栄で溢れるばかりに満たすために、イエス・キリストをこの世界に送って下さったのです。堅固な支えであるイエス・キリストから離れることのないように…なぜならイエスは昨日も今日も明日も変わることなく信頼するに値するお方ですから。
もっと学んでみましょう!