別離との対処 - 別離と苦痛
別離との対処は人生で取り扱わなければならない出来事の中でも最も困難な体験です。苦痛と別離は動議語のようです。苦痛に対処していく時、別居の要因を理解しようとして、自分自身を責めてしまうことがあります。しかし真実は、人生において私達全員は何らかから別離をしているのです。
ウェブスターの辞書では別離の意味を:離れる、解体、散り散りになる、分離、独りぼっち、引き離された、疑いもなくそこには数多くの種類の別離があり私達は何らかの別離に遇う可能性があります。その別離はほんの少しの間か又は一生の別離かも知れません。
別離との対処 - 短期間と長期間
短期間の別離との対処に関わる場合は、あなた又は家族が旅行に行く、戦場に行く、それとも大学で学ぶ為に引越ししなければならない理由が挙げられます。とはいえ、これらの状況は困難ですが、その人が帰って来る現実が希望となる為に私達にとっては取り扱いやすくなります。その期間は苦痛であっても、短期間の別離は通常当然に起こるのでその苦痛を克服することが出来ます。例えば、子供達が成長して両親から離れて生活する、それはしばしば自分たちの新しい家族の始まりです。元の家族から離れますが、かれ等は依然として家族に属しています。肉体的には離れていても、家族同士は継続して電話、Eメール、訪問し合いながらつながりを保ちます。
別離の対処が長期間に基づいていると大きな苦痛になります。ことによるとこの別離は納得しかねる離婚の決意が原因であったり、死別や、破門等の場合であるかも知れません。除外されている、亡命中、又は締め出されている感情がこの別離に伴います。長期間の別離はたびたび極度の感情的苦痛で克服することが困難な結果になります。もし私達の別離が除外又は亡命であるならば、しばしば拒否または差別されたと感じるものです。これらの感情は効果的に対応されないと致命的になります。
別離との対処 - 包括と一体性を含めた慰め
あなたが今別離に対処しているならば、現実の状況を明確に理解して受け入れることと、対処に役立つ方法を取り入れることが大切です。カウンセリングを対処法の一つとしてお勧めします。拒絶されたその状況と拒絶した人を続けて愛することができるか否かはあなたの決断にかかっています。言い換えれば、苦痛が伴うにも関わらずあなたを苦しめた人を進んで赦し続けて愛すことです。だからと言って必ずしもその人との関係が回復するとは断言できません。しかしあなたの決断で赦すと決めた時、あなたは必ず慰めを受けるでしょう。
別離との対処‐答えは神の愛です
最初に別離の対処を導入したのは神です。人間の不従順の結果で私たちは神から引き離されてしまいました。(創世記3章を読んでみて下さい)。神は私たち人間と引き離れてしまうことではなく親しい愛の関係を望んでおられます。神は人を愛しています、なぜなら神は愛だからです(第一ヨハネ4:7−5)。私たちは神から愛を学ぶことで苦しみも管理する事ができるのではないでしょうか。
どんな形の別離でもその対処方法は愛の行為です。私達がどんな状態にいても神は愛して下さいます。ローマ人への手紙5:8では、“しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。”ヨハネの福音書3:16では、“神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じるものがひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。”
もしあなたが苦しい別離を経験しているならば、神の素晴らしい愛がその苦しみと心の痛みを解決してくれるでしょう。別れてしてしまったからと言って愛することを止めてしまうのではありません。私たちは生きている間度々誰かを愛しますが、その時の状況や感情の変化で愛することを止めてしまいます。言いかえると、私たち人間の愛は条件に左右されると言うことになります。
私たちが神との親しい関係を喜ぶならば、神は無条件で私たちを愛してくださるのです。ですからお互いの関係に妨げとなる高慢や怒を制御し、欠如した謙遜を認めて神との関係を築く決断をしなければなりません。愛する家族との死別や、理由はどうであっても別離した人との問題を解決する気持ちがなければそれは大変悲しいことです。
あなたは未解決の別離のために今惨めな気持ちでいますか? その痛みをなぜ神に持って行かないのですか? もし神との関係を持ったことがないならば、今始めることが出来ます。あなたの人生を神に委ね神の御心が聖書に示されているように生きるられるよう神にお願いしてください。どんな別離でも和解は可能です、しかしまず最初に神との別離に終止符を打ちましょう。それは神の望んでおられるところです。あなたもそれを望んでいますか?
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